2018年06月16日

6月16日 土曜日

 テレビ見たいのにおばはんとめいちまがソファで寝てるだよー 狭いおうちはやだねー
 国語には解法のテクニックがあってとゆーか日本語なので満点取れないと痛いだね
 むかし判官贔屓と言ったらそれははんがんやろと医局の同い年の先輩が怖い顔して言った どっちでも正しいが漢字日本一のわしに言うかね 学生時代 けんか版と言ってた奴がいたので廉価版だと教えたら睨まれた こちらはただの馬鹿だと思ったので無視した
 あっかーん モロッコ オウンゴール アホかー ペルシャの勝ち ペルシャの応援のねーちゃんキレイ 足攣って芝生に寝転ぶんなら芍薬甘草湯用意しとけとゆーかtoto買い直しだべ
小学生のころ名張だったかどこだったかオヤジの知り合いの家に連れて行かれた 大人同士は何か大事な用件があるらしくわしはほったらかし 仕方がないのであちこち物色しているうちに木製の数珠を発見した 数珠玉を転がして遊びたいと思いバラバラにしたら数珠玉に大小があることに気が付いた これを鼻の穴に入れてフンッすることは出来ないかと考えたのが間違いで小さな数珠玉をフンッ出来たのをいいことに調子に乗って大きなのを入れたら出て来なくなった 焦って取り出そうとしたら数珠玉は徐々に鼻の穴の奥のほうに入っていった 万策尽きたときにオヤジに鼻の穴から数珠玉が出て来ないと言ったらそんなアホなことがあるかと一喝された オヤジは恐かったので本当のことを言っても怒られるのなら何も言うことが出来ない それで黙っていたらそのうちすっかり忘れてしまって中学時代を過ごし高校を2年で中退して暇になったある日数珠玉のことを思い出した 耳鼻科に行ったら右の鼻の奥から大きな数珠玉が1個出て来た 説明しようとしたが先生はまったく興味がなさそうだったので数珠玉をくださいとは言えなかった
めいちまはちび太のころから「ごっこ」を発明する名人であった 鬼ごっこ 引きずり出しごっこ 電車ごっこ等々 遊び相手はいつもおとちまで悉く阻止するのがおばはん ただいまは椅子取りごっこでおとちまから横取りしたソファを取り合いするのに熱中しておいでである 態々おとちまを呼びに来てまで遊ぼうと言う 自分がおねむになると手練手管でフェイントをかけておとちまを騙そうとする たとえばトイレの横でうんちを1個だけしておとちまが見に行った隙にソファにタタタタタッと走って占拠するのである おばはんが焼きもちを焼いて阻止するのも時間の問題なんだろうなあ
 おばはんはわしの顔を見るたびに「バチキか?」「いらんことしてたらお尻ペンペンやで」と言う おばはんがあっちにいても抜群のタイミングで言う 何もしていないときは口をとがらせ怒られているときの猫みたく耳を後ろにして「ジュッ」と言い心当たりがあるときは「す すまんかったれっし」と言う こんな調子だから何一つワルワルが出来ないのはもちろんのこととしてひとりで外出するなんて夢のまた夢なのである
 お聖さんちに遊びに行ったときかもかのおっちゃんは自分だけ駅前に寿司食いに行ってお土産のひとつも買って帰らないとこぼしておられた ははあ おっちゃん知性派やな それにしても勇気があるなあと感心した うちなんかそんなことをしたらどんな目に遭わされるかわかったものではないのである 出かけたらお土産は生き残るための常識なのである
 いただいた萩焼を焼き物のよさなんてこれっぽっちもわからない癖に箱から取り出してふむふむと眺めていたらおばはんにアンタ出したらないないしいや割れたらあかんやろと怒られたので適当にないないして逃げてきたら あーもうなんでこんなんすんねんとぶつくさ言いながらないないしている それでも知性派Eと違って実家に行くとは言わないし家事を手伝えとも言わない 知性派Dの女性は情緒派Zの男性と相性がよいということが出来そうである
 買ったはずの今井のきつねうどんがにゃい おばはんに棚にないないされていただ( ̄0 ̄)
posted by めいちま at 00:21| Comment(0) | 日記

2018年06月15日

6月15日 金曜日

 よしっ ロシア勝っただ toto 第一試合クリア
 「吾輩は猫である」の夏目漱石は猫嫌いであった その弟子の「赤い鳥」の鈴木三重吉は大の子供嫌いであった
 起きたなう 昨夜はおばはんとワールドカップ 全米オープンを見ていただ 普段はおばはんとめいちまが占領しているソファに坐ろうとすると何しに来たんやあっち行けとか言われるがこーゆーときはめいちまをどけてでも坐らせてくれる とゆーか 元々はわしが坐るところだったのをめいちまが横取りしたのである クイズ番組のときもそうで答えたり解説するのがわしの役目である おとちま(自分で呼んだときはご機嫌がよろしい)ここでパターでスピンかけるのはどない? パターでスピンはかけられないのれっし あっほんま ええこと聞いたてな調子で朝まで あのねおっさんわしゃかなわんよー
 めいちゃん なんでそんなことするのー アハハハハ とあっちでおばはんが笑っている どうしたのだろうと見にゆくとめいちまが薬を飲んだと見せかけてペッと吐き出したらしい きょうもわが家は平和だにゃん
 酒屋のおっちゃんが配達に来たのでめいちまに注射しようとしていたらクロネコが来た なんかいなと見たら萩焼のお品をちょうだいした 昼間は寝ていると気を遣っていただいた上に結構なものまでちょうだいし恐縮至極 おん礼申し上げます<(_ _)>  ほー 窯元はご親戚との由 わしの漢方処方をパクっていただいているとはありがたし ハカキに拙歌を認めてお送りしよう
 おばはんがめいちまに猫なで声の幼児語で何か頻りに言っている わしにはおまえとかおっさんのみ わしは猫になりたい
 ポルポルくんがあれば1日1500キロ走ったこともあるのでひとっ走りして漢方の講義でもしに行きたいがスバルくんでも走ることは走るので行けないこともないか とゆーか何でも聞いてね 可愛い後輩のためならえーんやこら
 おばはんは豪傑で忙しいポルシェ屋のにーちゃんたちを捕まえて ちょっとあんたらここに洗濯機置きたいから道具買って来てと組み立てから設置までやらせてしまった 可哀想だからそっとお小遣いを渡しておいた
 向こうからちょっとおとうちゃんと言いながらおばはんがやって来た いちいち呼びながら来るのは下に下にのつもりであるのに違いない 阪急には月曜日に行こうとの用向きであった
 大阪は大正区の内科の某先生 目の前の患者さんをほったらかしにして突然サンダルを履いてどこかへお出かけになられた 患者さんが先生は何処へと聞くと急に買いたい本を思い出して駅前の本屋に行かれたとの由 ※個人的には好きな先生だがちと遺患者内科
 同じく大正区の別の内科の先生 請求書を眺めながら薬屋にいわく「ちみ このタンスウとは何かね」「先生それは端数と読むんです」※まあええじゃ内科
 先天性陰茎湾曲症のことを知って心配になりオヤジに聞いたらわしは曲がってへんどと言った 麻酔科の教授くんに聞いたら曲がってるのは武器になると言った
 おばはんがこっちに来たのでタタタタッとあっちに行こうとしたら「あかんよ」と言われた 西瓜を切りに行こうとしたのがバレたらしい
 かーちゃん風呂入りましゅかと言ったら なんで 入ったらええやんと言っている
 めしわず 納豆を混ぜながら「いらんことばっかししようとしてたらバチキ入るよ」と言われただ( ̄0 ̄) ゴルフとサッカーでも見るか おばはんの父親の話はまた今度
 みんなが西瓜いつ切るのと言ってるれしゅがとおばはんに言ったらニヤニヤ笑いながら聞いたあとで「だから?」と言った 暫くしてあっちで「切ったらええねんやろ切ったら」と言ったと思ったらどんがらがっしゃんと音がして「ゴミの中に入った アハハ」と笑っているだ( ̄0 ̄)
 モロッコ勝てよ スペインとポルトガルはダブルで買ったのでどちらが勝ってもいいだ 黄西瓜四分の一なう 食いにくいなあ
posted by めいちま at 02:35| Comment(0) | 日記

2018年06月14日

6月14日 木曜日

 西ドイツ時代 学校が350円の食券をくれた レストランも一般家庭もこの食券を当て込んだメニューを用意していた ある一般家庭で獣の匂いとしょんべんの臭いが混ざった強烈な料理が出た 日本人でも平気で食う人がいたがわしは食えなかった 帰国して沖縄にハマってあのときの料理の正体がわかった 山羊汁である 沖縄ではヨモギで匂いを消すそうだが未だに食うことが出来ないでいる 
 西ドイツ時代 下宿は日本人を希望したばあさんの一人暮らしんちでめしが出るわけでもなく風呂に入れてくれるでもなく使えるのはトイレのみ 夜は早く寝ろと下から天井をゴンゴン叩く お茶は出してくれてピアノも弾かせてくれテレビも見せてくれた 町に公衆シャワーがあるということを知ったのはかなり後で1回だけ行ったがその程度のことなら温水プールで事は足りた たまにデュッセルドルフに遊びにゆくくらいで金がないから何も出来なかった 温水プールでホモに見初められ押しかけてきて口説かれたのには閉口した フランクフルトでは飾り窓のねーちゃんに頻りに誘われたが18で童貞(女性の場合にも使う)でひたすら怖かった 若すぎる海外はよくないと思った めしも学校がくれる350円の食券ではロクなものが食えなかった 学校の地下室で毎晩ピアノを触ってたら突然弾けるようになったことと冗談ばかり言うので教室の人気者になり外国の友達が出来たこととアウトバーンを走ったこと以外は本当にこれといったことは何もなかった 大学でドイツ語の教師の間違いを指摘出来るようになったぐらいが取り柄かなあ
 うまく書けたほう
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 おばはんは小学校六年生のときわしに一目惚れをした 車の中で「おかちゃんの血なんで取るのん?」と言ったときの言い方と表情 ヨレヨレになっためいちまといい誰かのことを考えるとき切なさを感じたらそれは愛以外の何物でもない 愛とは切なさである
 中学生のとき換気扇から子雀が飛び込んで来た 住み込みの看護婦さんのうち1名がチュンチュクと名付けて可愛がった よく懐いてふたりは親子のようになった 自分たちの部屋の窓を開けて飛ばしても必ず戻って来た 糞を苦にしていた別の1名が彼女がいない隙に窓を開けて放した そしてすぐに窓を閉めた チュンチュクは戻って来たが入ることが出来ない 暫く窓の外で羽ばたいていたが様子が違うのでどこかに飛んで行った 帰って来た彼女はびっくりして屋上に駆け上がりチュンチュク チュンチュクと必死で呼んだ するとチュンチュクが飛んで来て肩に止まった 部屋に連れて帰ることが出来ないのでふたりは屋上で逢瀬を重ねたがある日いくら呼んでもチュンチュクは来なかった それが永久の別れになった
 きのうから西瓜を切ろうと2度ばかり西瓜まで歩いて行ったら足音でそれとわかるらしくおばはんに「ダメッ!!」と言われただ
 梅節先生に鱧すきうどん手配しただ 家族構成とかわからんので段取りはすべて美々卯に任せた 持ち帰りなら登録商標のうどんすきもOKだがそうでないと夏場は鱧すきうどんしかないのよね ま 辛抱してちょ 専用鍋はないと話にならない
 オヤジんちの墓のある紀州は龍神温泉の近くまでオヤジと走っていて途中の一軒しかない食堂に入った オヤジが親子丼を注文しそうになったのでこんなところでそんなもんは頼むな何が出て来るか知れたものではないとふたりで玉子丼を注文したらめしの上に目玉焼きが2個載ったのが出て来た もちろんタレなんかかかっていなかった 玉子丼を見たことがないのに違いないと思った
 今はどうだか知らないがアウトバーンには厳然たる序列が存在した 日本みたくいつまでも追い越し車線を走ってる馬鹿は当然いない ワーゲンだと素直に抜かせてもらえなかった でもって後にオペルがビタッと付く BMWとメルセデスは敵愾心を燃やしまくっていてどちらも譲らない 後年これが原因で両社は最高速度250キロの協定を結びそれ以上出ない車を造っていた時期があった 王者はポルシェでみんな道を譲った
 紀伊新宮が好きで大和五条からよく抜けた野ゆき山ゆき海辺ゆきの佐藤春夫記念館と浮島の森がお目当てで帰りは白浜の銀ちろに寄るのを常としていた 新宮から電話をすると銀ちろのご主人はいつも小さな座敷を用意して待っていてくれた 最初薬屋のにーちゃんと行ったときはそんなに愛想はよくなかったが猫持とわかると何でもしてくれて帰りには本店のお土産を持たせてくれたが残念なことにお亡くなりになられた わしの本が出るたびに20冊ずつ買ってくだすった近江長浜の鳥新のご主人もお亡くなりになられたが息子さんも先代と変わらぬもてなしをしてくれる ここは鴨のシーズンは避けて夏にゆくのがコツで座敷が貸し切りになる こういう馴染みの店も少なくなったなあ
 若い頃のおばはんはよく食った 最初にめしを食いに行ったのはおばはんの父親の見舞いの帰りの171号線沿いのそば屋 これ食べていい?とわしが注文したてんぷらそばのてんぷらをぜんぶ食ってしまった 初めてのデートは新宮で銀ちろでいっぱい注文してわしが蟹酢の身をおばはんのためにせせっている間に机の上の物をすべて平らげていた うまいものを食わせてもらうためにはうまいものを食わせてやらねばならないと日本全国ポルポルくんで食べ歩いた 話変わるがあさって阪急に行こかとおばはんが言うからほな楽々うどんに行くれしゅかと言ったらダメれしゅと言われただ(ノД`)
 南国土佐のはりまや橋の得月楼には3度ばかり行った 宮尾登美子先生がご自身の「陽暉楼」のモデルですよと教えてくれた 夏に行ったとき皿鉢料理を頼んだがあれはふたりで食うものではないということを知った 当時の高知道は対面通行のトンネルだらけで緊張した 市内に至る道を走っていると行き先に「ごめん」と朱書した市電が軌道から大きくはみ出て走ってくるからぶつかってもごめんの意だなとそのときは了解した
posted by めいちま at 11:09| Comment(0) | 日記