2019年05月20日

5月20日 月曜日

 起きたなう 間もなく雷雨の予報なのでオヤジんちは中止 昨夜Kくんに返事したつもりがしておらず認めて返信したところですのにゃ 毎晩いろんな話をしていますのにゃ 俳句でも短歌でも一句 一首だけならいいものが含まれている句集や歌集はありますが一冊通しで読んで笑いあり感動あり涙ありてなものはまずありませんのにゃ 歌集に限って言えば歌壇歌人が崇め奉る斎藤茂吉にすらないですにゃ 北杜夫先生とは知り合いであったし同じ医者なので茂吉の悪口は言いませんのにゃ 昨夜は俳句を主としてこのよーな話でしたのにゃ
 昨夜のメールに対するわしの返事の一部ですにゃ ふたりだけの内密のやりとりなので本当はここにもアップしたいけど出来ないことを書いてますのにゃ まあ歌集なら歌壇歌人に抹殺されているわしの「猫とみれんと」を読んで見るべしですにゃ 女性からはベッドから転げ落ちました 男性からは泣きました 男女共に読んで元気をもらいましたというお便りをいっぱいいただきましたのにゃ 俳句は「面目ないが」に少し載ってますのにゃ なぜ彼らが抹殺したがるのか考えてみればいいですにゃ 中にはわしの味方をしてくれた奇特な歌人もいましたがなぜかいいうたは取り上げてくれませんでしたのにゃ それ以外の歌人は悪意のみでしたにゃ 井の中の蛙大海を知らず
「いい句というものは理屈を超越していることだけはたしかですね
 わしは最上川が理屈だとは思いません
 客観写生を標榜する子規がホトトギスを主流にするために(虚子の生活のために)
 因縁を付けて貶めたんでしょう
 日本文壇史を読むと
 ホトトギス対古典派
 アララギ対明星
 という対立の構図がよくわかります
 ホトトギスは生き残っていますが
 アララギはなくなりました」
 「水師営の会見」を作詞した佐佐木信綱の「心の花」も登場しますがそこらは各自お読みくださいにゃ
 オマケ 引用に誤りがあるときはご海容被下度
 「わしは俳句脳は少ししか持ち合わせていませんので
 短歌脳で読むと
 五月雨をあつめて早し最上川
 には流れるようなリズムがあります
 いっぽう
 さみだれや大河を前に家二軒
 はそれがどないしてんという感覚しかありません
 この句からでしょうか
 俳句に数字が出て来るときは二か三ばかりになりました
 もっとも子規の
 鶏頭の十四五本もありぬべし
 てな句もありますが
 これこそが写生だと言いたいのなら
 そんなものはいらないと言いたいですね
 子規の句で人口に膾炙しているのは
 柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺
 内閣を辞して薩摩に昼寝哉(これはわしの島大根の句と一緒に鹿児島のお土産屋さんで使われていたそうです お聖さんと将棋の○○くんから聞きました)
 などですね
 これらも写生ですがやはり限界を感じます

 いわゆる名句と呼ばれるものを考えると
 写生ではなくどちらかと言うと花鳥諷詠になるのではないでしょうか
 ちなみにわしは両者ともに好みません

 夏草や兵どもが夢の跡

 これなんかそのいずれでもありませんが
 中尊寺でなくともその辺りの夏野に立ち風に吹かれれば
 その感動に浸ることが出来ますよね」
 むざんやな甲の下のきりぎりす 芭蕉
 にしたって客観写生の子規から見れば駄句になるのでしょうにゃ
 「むざんやな」が言い過ぎとゆーかこの言葉なしでむざんということを表現しなくてはいけないからですにゃ
 じゃ代わりに何を据えるのか
 俳句専門試験てなものがあれば出題してみたいですにゃ
 子規は短歌に関しては万葉のむかしに戻れてなことを言いましたっけかにゃ
 もしそうならわしの誤解で
 うたについては正しいことを言ったと思いますにゃ
 どこやらの院長の交通事故のニュースを見ておばはんはわしひとりではドライブに行かせない 70になったら免許を返納させる決心を愈々固くしたみたいですにゃ たしかにあの院長東京の町ん中で90出ればおかしいと思わないといけませんのにゃ ボケていたとしか思えませんのにゃ オヤジも82かそこらで自転車のにーちゃんの脚を轢いてその感覚がなかったと言ったのでわしが無理矢理取り上げましたのにゃ これはもう事故とは言えませんのにゃ ○やんがポルポルくんの最高速テストを希望しているみたいなので行ってやりたいですが無理ぽですにゃ(ノД`) 前にも書きましたがポルシェのサーキットでの走行会で常勝だったのは70の爺さんでしたのにゃ ドイツでも69までは取り上げませんのにゃ
 ○やんは7速PDKのカレラかカレラSでしたかにゃ いずれにしても助手席でデジカメをスタンバイしておいてくれれば夜に限りますが300オーバーのメーターの写真を撮るのに1分かかりませんのにゃ たったの1分ですにゃ アウトバーンの王者にしたら屁みたいなもんですにゃ おばはん実家に帰りませんかにゃー(ノД`)
 300オーバーのメーターの写真を撮るのならコーナーは180ぐらいで走りコーナーの出口では200オーバー これならストレートが700メートルぐらいでOKですにゃ どことは言いませんがオービスもあるけど数q近くストレートのところもありあそこなら余裕ですにゃ オービスの手前でミッションコンプリートですにゃ 夜の10時以降なら確実ですにゃ 夜中ならもっといいですにゃ 覆面が追いかけて来たらぶっちぎるまでですにゃ 新聞にも書きましたが長野県警の覆面になぜもっと速く追いかけて来ないのかと言ったらわれわれも命は惜しいですからと言いスピード違反は追尾出来なかったのですみませんが通行帯区分違反で1点だけくださいと言いましたのにゃ でもって長野県警は礼儀正しいと毎日新聞の連載に書いたら何を勘違いしたのか県警本部長が朝礼でわしの文章を読み上げたそうですにゃ そしたらたしかに長野県警は礼儀が正しいですという読者からのお便りが来てこっちが面食らいましたのにゃ わしは覆面を手玉に取り置き去りにしたもののこのときはなぜか待ってやろうという気持になって待っていただけですのにゃ
 「かーたん ○やんが」「うるさいよ」「す すまんかったれっし」(ノД`) わしは慣らし運転と称してポルポルくんを買ったものの最高速が出せない人の車を預かりたしかに○q出ましたてなことをよく頼まれてましたのにゃ さすがにひとりでは写真は撮れませんでしたがそこは信頼してくれてましたのにゃ ちなみにドイツ車は売る前に回しまくってますので慣らし運転なんか必要ないのですにゃ アストンマーチンなんか3万qは慣らし運転をしろと書いてましたにゃ
 全国の免許返納率のトップは東京 2位は大阪 3位は兵庫ですにゃ ラテンの大阪の2位には驚きましたが交通機関の発達しているところでは当然の帰結ですにゃ 一方地方では酷ですにゃ
  部長先生からのメールへの返信
 「うーん難しいご質問ですねえ
 まず従兄から
 彼はたしかにそのまんまでした
 がしんたれで情ない奴でしたが
 勉強だけはよく出来ました
 小生の中学校である
 大阪市立夕陽丘中学も
 坊主で斜めから掛ける鞄でした
 市内では随一の中学校でした

 ナポリへと妻は旅立ち文庫本片手に我はラーメン啜る
 猫持流ならもっと悲愴になり
 貧乏も挙げ句の果ては笑い合い
 という吉川英治の川柳のようになりますね
 猫持流短歌開眼の秘話は長くなりますのでいずれそのうち

 うちの母親はちょっと気が狂ってましたので
 田舎なら益々逃げ場がなくなっていたと思います
 
 3年妻が不在ならダンナに愛人が出来るのは当たり前です
 裁判になっても負けないでしょう」
 韓国はありもしない慰安婦うんぬんよりベトナム戦争時のライダイハンについて深く反省しなければなりませんのにゃ ハリウッド映画「カジュアリティーズ」もかなり衝撃的でしたが東ドイツを占領したロシア兵による30万人以上の混血児に関してはどう言い訳するのでしょうかにゃ もう嘘は沢山ですのにゃ 
 もうええねん 人間ががんに勝てないのはよくわかりましたのにゃ 向後100年経っても無理でしょうにゃ だから楽に死なせてくれと言っているのですにゃ それか飛行機の操縦を教えてくれたらどこの国かは言いませんが喜んで特攻して散りますのにゃ
 ロールスロイス ベントレー マセラティ フェラーリのディーラーの大阪は本町のコーンズのショールーム前でおかんが欲しいんやったらフェラーリを買おたろかと言ったことがありましたのにゃ 維持費とかにビビって辞退しましたのにゃ フェラーリとはそーゆー車ですのにゃ
 一分前の記憶がないオヤジに関して週に2日も行く必要はないですにゃ ガーデンズに行く木曜だけでじゅうぶんですにゃ それはひどいと言う人は任せますからやってくださいにゃ
 わしは毎晩おばはんお手製のドレッシングなしの野菜サラダに調味料なしの野菜スープを食ってますのにゃ 野菜スープにはがんと戦うファイトケミカル(ファイトはギリシャ語で野菜の意味)が含まれていてこれだけで腹一杯になりますのにゃ これで肉腫が再発してもわしには隠す理由がないので正直にお伝えしますのにゃ みなさん食生活は今一度見直してくださいにゃ 紹介した本はお忘れですかにゃ 転ばぬ先の杖ですにゃ
 わしはめいちまと死ぬときは一緒だと約束してますのにゃ おばはんはひとりで生きればいいですにゃ
 
  今夜のKくんとのやりとりですにゃ
 鶏頭の十四五本もありぬべし
 もわしはじゅうぶんにその価値を理解しております
 駄菓子菓子
 ご貴殿の仰有ることもご尤もで
 そこらはまことに難しい問題になります
 夜半先生 比奈夫先生のよーに
 客観写生一辺倒の人には
 何の疑問もないのかもしれませんが
 夜半先生の
 瀧の上に水現れて落ちにけり
 なんてのも写生だけとは言い切れない気がします
 
 映画「廃市」などで有名な福永武彦の一生は
 まさに病魔との戦いでした
 文学の普遍性うんぬんに関しては
 とどのつまりは
 個人の嗜好に行き着くのではないかとも思います

 わしは白秋の詩は大好きで
 筑後柳川の白秋生家には何度も訪れましたが
 彼の雪よ林檎の香の如く降れという短歌は
 鼻について仕方がありません

 残念ながらわしの「猫とみれんと」を評価してくれる人は
 ご貴殿のよーにごく一部の人に限られます
 ご貴殿に怒られる内容は別にして
 本日のひとりごとをごらんください
 些かの答えにはなっていると思います

posted by めいちま at 15:12| Comment(0) | 日記
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