2019年12月19日

12月19日 木曜日

 起きたなう いつもの烏が避雷針の天辺に止まっているなう 蒲団の中でむかしオヤジと口論になったことを考えてましたのにゃ 子供の頃わしがもう動物の肉を食わないと言ったときにオヤジがほな植物も生きとるやないかと言ったことですにゃ 植物や果物が花を咲かせたわわに実を付けるのは虫に花粉を運んでもらい動物に実を食って種を排泄してもらいたいからですにゃ むしろ食ってあげなければいけませんのにゃ いっぽう自らさあ食ってくれとやって来る動物はいませんのにゃ みんな逃げますのにゃ 今オヤジに言っても何のことかわからないでしょうにゃ 人間が喜んで動物を飼うのは笑顔と愛情をくれるからですにゃ 代わりに責任持って飼わなければいけませんのにゃ 人間の子供も同じですにゃ 芥川と同じく追い詰められていたとは申せやはり子育ての経験のないわしはダメですにゃ
 俳句と短歌を和室でやっつけて来たわず 日本人は和室がいちばん わしの経験では人生が滅茶苦茶なときにいいうたが生まれますのにゃ いにしえより辞世を詠むのが習慣なので俳句でも短歌でも今のうちに慣れておくべしですにゃ おーい ダウンタウンの浜ちゃんやーい 夏井いつきさんを俳句で呼ぶのならなんでわしを短歌で呼ばへんのんかーい 主流から外れてることは同じやし宮中歌会始で代表されるよーに短歌も端倪すべからず
 きのうオヤジに餃子買ったのはこの店ですにゃ 3階なんかありますかにゃ 初めて餃子を食ったのは高校中退直前に阪大生に天王寺のaaに連れて行ってもらったときですにゃ 彼はこれはボクら貧乏学生の定番やてなこと言って餃子 炒飯 ラーメンを食ってましたにゃ わしはただただその食欲に見とれるばかり ラーメンと炒飯は今でも食いたいと思うときがありますが餃子とかシュウマイなどの点心?は子供の頃から一貫してまったく食いたいとは思いませんのにゃ 
 aaは昭和28年創業らしいですにゃ わしと同い年ですにゃ 子供の頃中華はどこで食ってましたかにゃ 中華を食う発想なんか当時はありましたかにゃ 近所のうどん屋の若狭屋にも中華そばはありましたが焼きめしはつるや食堂改めつるやまで行かないとなかったはずとゆーか焼きめしは家でラーメンはマルタイラーメンでしたかにゃ 知性派の教授くんや部長先生には散々いいモノ食いやがってと言われましたがわしだってそんなの最近 おまえさんたちが興味なさすぎるとゆーかケチなだけですにゃ
 別にうどんでもいいんですが予備校時代阿倍野近鉄の近くのそば吉?(チンチン電車の軌道を挟んで向かいの2階がとんかつのKYK)で食ったそば定食がうまくて未だに忘れられませんのにゃ 予備校のすぐ前にあったうどん屋 なんという店でしたかにゃ 抜群にうまかったのですがにゃ
 きのうガーデンズの阪急で買ったパックでないと買えないみかんの1個にカビが生えてましたのにゃ わしのおばあちゃんは餅にカビが生えていても平気で食ってましたにゃ むかしは気にしなかったのですにゃ とゆーかむかしは1個ずつ品定めすることが出来たのでどれがうまいみかんなのかということを学習出来ましたにゃ キムラなら1個ずつ買えますが1個で1パックの値段が付いていておばはんの許可が下りませんのにゃ 店の都合で客が不自由になるなんて論外ですにゃ
 訪問看護のボスよりオヤジが散髪に行きたいと言っているうんぬん 心配して損バ扱イタとゆーかわが親ながら訳のわからん御仁ですにゃ 毛ないんだけどね まあ好きにさせてやってくれと答えておきましたのにゃ
 むかしわしんちにセイロン人の患者さんがいて奧さんいわく3食カレーでダンナが作ってくれるうんぬん 大阪でその辺の喫茶店でカレーを頼むと近所の若狭屋のおっちゃんちのうどんみたくすべて業務用で作っているところは別になりますのにゃ 本場のカレーは薬なので家族の健康状態などを見てスパイスを配合し余計なものはまったく含まれていませんのにゃ ルーから作るカレーも懐かしいですがもう食う気はしませんのにゃ そのセイロン人は一家で帰国してしまいましたのにゃ
 そうそう これでしたにゃ 昭和32年頃 喫茶店にカレーの出前を頼んだらこんなのでしたにゃ ねーちゃんがお盆に載せてテクテク歩いて来ましたのにゃ 歩いて来るのをじーっと見てましたのにゃ 卵を割る部分は凹んでましたにゃ 辛いカレーなんかありませんでしたにゃ
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 オヤジんちの真裏にあった桐竜と橋を渡ってすぐの夫婦うどん いずれも今はなくにゃん吉とアパート暮らしのときによく出前してもらいましたのにゃ 夜中の3時まで出前してくれたアパートの向かいの松寿司なんか画像すらなし 桐竜はおかんがめしを作らないのでオヤジがコースを作ってくれと言って作ってもらったこともありましたにゃ そんな店じゃないんだけどねえ 腹減ってたんでしょうにゃ おかんは離婚裁判になれば自分に分がないと思ってオヤジの浮気をほぼ黙認してたんでしょうが転ばぬ先の人の研究ですにゃ 行動派Rと知性派Aが合うわけがありませんのにゃ
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 甚兵衛そば 出石 一井先生御用達 「旦那様 りくは豊岡に帰ります」の但馬でそば食って帰りに蟹買うか丹波篠山の鳥幸でボタン肉 野菜 牡丹鍋用の特製味噌に絶妙の特製山椒を買いましゅかとおばはんに言ったら怒られましたのにゃ 最近ガーデンズの往復ですら帰宅したらめいちまがめちゃんこ怒りますのにゃ(ノД`)
posted by めいちま at 12:16| Comment(0) | 日記

2019年12月18日

12月18日 水曜日

 餃子の王将&オヤジんち&ガソリン&ガーデンズわず 行きは小雨帰りは晴 ピアノ運送業者がクレーン車で来たものの窓からは無理 タケモトピアノが分解して運ばせてくれついては1万円マケてくれ むかしなら何ゆーとんねんおまえとこの都合で西宮からむにゃむにゃと言ってたでしょうが諸々疲れたので承知 オヤジは声が出てませんでしたにゃ 訪問看護の看護師さんが体を拭くと言うので帰って来ましたが名残惜しそうにしてましたにゃ こっちだって後ろ髪を引かれる思いなんだよ おかんが芦屋のマンションなんか買わずに駐車場のある一軒家買ってりゃ介護は無理だけど一緒にはいてやれたのにねえ 阪急でハマチの刺身 焼き芋 サラダ ナツメヤシの乾燥 カットパイナップル みかん モンキーバナナ キムラで小松菜りんごパイナップルのジュース いちご 柿 干し柿 小さいリンゴをゲットせり 来週は京都とオヤジんちですにゃ
 にゃん吉とボクにはついに彼女なし〈天ハ、天ハワレワレヲ見放シタ〉(自分のうたなのにハッキリ覚えておらず) バツイチで悲惨だったけれど今にして思えばこんなうた詠んでた頃が懐かしいのですにゃ 猫持として世に出る直前 白珠の歌会でわしの似たよーなうたを採りあげ幹部のおばちゃんが主宰にこんなのうたと言っていいんですかと聞いたときの主宰の複雑な表情が忘れられませんのにゃ おばちゃんよお そんなこと言ってるから短歌は斜陽なんだよ 先師山本夏彦も書いているよーに真面目人間が国を滅ぼすのですにゃ CAR GRAPHIC TVの真っ赤なフェラーリみたく抜き去ったわしにおまえさんたちが追い付くのは100年後でしょうにゃ
 発表する学会がないから単行本にしたのでしょうにゃ 京大の元教授だから自分の方法で治る人もいるのになぜ見向きもしないのかという苛立ちはわかりますにゃ 症例毎に画像などか添付されておりわれわれがん患者には心強い限りですのにゃ
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 「かーたん ゴルフRくんの助手席に乗せて息子に運転教えてやって来てもええれしか」「やめなさい ええ加減にしなさいよ」(ノД`)
 二段まで3日ですかにゃ たかがゲームとはいえど奥は深いのですにゃ 久しぶりに息子とメッセしてましたがなんちゅーても親子 話は弾みますのにゃ
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 本日ガーデンズの阪急で思わず買ってしまったモンキーバナナ Doleのバナナと帰ってから気が付きましたのにゃ そうとわかっていれば買わなかったものを Doleはハワイを乗っ取ろうとしハワイのために日本刀だけで立ち上がった日本人を銃で殺しまくりましたのにゃ この程度の歴史は知っておけと言いたいですにゃ 東郷平八郎も巡洋艦2隻で一時的に妨害しましたのにゃ
 
posted by めいちま at 16:27| Comment(0) | 日記

2019年12月17日

12月17日 火曜日

 起きたなう 外面如菩薩内心如夜叉みたいな面白い夢を見ていたのにねえ ピアノ運送業者より電話 明日はオヤジんちですがわれわれ親子は間もなく永久にさよならですにゃ 淡々と言っているよーに聞こえるかもしれませんが暫く立ち直れないでしょうにゃ いつまでも懐かしいでしょうにゃ 
 おーい 末井先生やーい わしの大好きな川柳ですにゃ お聖さんの「川柳でんでん太鼓」より
 勝てカープ野球を知らぬわしじゃけど 大前タミエ
 学生時代同棲していた下級生の彼女から別れて暫くしてユーミンのサイン入りのレコードが届きましたのにゃ そうか 彼女がわしに伝えたかったのはこれでしたのにゃ(ノД`)
 
 幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく 牧水
 われわれはみんなかなしみを乗り越えて生きていますのにゃ 乗り越えられないと思うかなしみも乗り越えなければなりませんのにゃ 猫だって変わりませんのにゃ 千代にさよなら八千代の別れ でもね だからこそいつかは救われるとわしは信じていますのにゃ 寂しさの終てなむ国はきっとありますのにゃ めいちまのためにも祈りますのにゃ
 マイナーな意見かもしれませんがターミネーター1で感動するのは過去まで志願して守りに来てくれたにーちゃんに「on your feet,soldier」とサラ・コナーが励ますところですにゃ
 情緒派Zの芥川龍之介が自殺する直前知性派Eの女房の芥川文はもしかしてお父さんが死ぬような気がしてと取り縋りますのにゃ 同じ知性派のおばはんもそう感じているみたいですがわしはZながら芥川ほど弱くはないのですにゃ わしは嘗て心ならずも愛する者を見捨てる形になって煮え湯を飲んだのでおばはんを見捨てたりすることはありませんのにゃ
 右手にお菓子をいっぱい握っている子供 もっと欲しければ左手で握りますのにゃ それより欲しいお菓子があれば? 人生仕方のないこともありますのにゃ 自分が選択したことに言い訳は無用ですにゃ
 お釈迦様いわく 天上天下唯我独尊 その意味が漸くわかりましたのにゃ 長生きも無意味ではありませんのにゃ
 白土三平の漫画「カムイ伝」の中で弓の名人の左卜伝?が若者の許されぬ恋を叶えるために戦って死ぬ直前に「老人は若者のためにある」と言いますのにゃ たかが漫画なれど未だに忘れられませんのにゃ
 その人はまるで顔をまっ赤にしてせかせかと祭壇にのぼりました。我々は寛大に拍手しました。その人はぶるぶるふるえる手でコップに水をついでのみました。コップの外へも水がすこしこぼれました。そのふるえようがあんまりひどいので私は少し神経病の疑さえももちました。ところが水をのむとその人は俄かにピタッと落ち着きました。それからごくしずかに何か云いそうに口をしましたがその語はなかなか出て来ませんでした。みんなはしんとなりました。その人は突然爆発するように叫びました。二三度どもりました。
「な、な、な何が故に、何が故に、君たちはど、ど、動物を食わないと云いながら、ひ、ひ、ひ、羊、羊の毛のシャッポをかぶるか。」その人は興奮の為にガタガタふるえてそれからやけに水をのみました。さあ大へんです。テントの中は割けるばかりの笑い声です。 宮澤賢治
 「人間は、時として、充されるか充されないか、わからない欲望の為に、一生を捧げてしまふ。その愚を哂(わら)ふ者は、畢竟、人生に対する路傍の人に過ぎない」 芥川龍之介
 前にも書きましたがわしが子供の頃「がんかて笑うて死ねるんや」という見出しで週刊文春か新潮かサンデー毎日に術衣に着替えたおっさんが手術台の上で煙草を片手に笑っている写真が載ってましたのにゃ おっちゃんありがとう 当時は凄いおっちゃんなあと思ってましたが今になってわしに力を与えてくれていますのにゃ わしも笑って死にますのにゃ
 「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生まれ、お前たちの痛さを分つため十字架を背負ったのだ。」 「沈黙」遠藤周作
 クィンシー・ジョーンズが編曲したアーニー・ワッツのアルバムの中の「chariots of fire」(映画「炎のランナー」のテーマ)に似ているということを気にしなければこれはこれでありですにゃ
 
posted by めいちま at 12:46| Comment(0) | 日記