2019年10月11日

10月12日 土曜日

 早朝のぷんですにゃ うどんすきは美々卯の登録商標(うずら蕎麦も同じく)で他店は三舎を避けてうどんちりとかうどん寄せ鍋とか言ってるのにすし萬の登録商標である小鯛の雀鮨とまったく同じ名前の商品を売るいづうって京都ならではとゆーかええ根性していて興味が湧きますのにゃ 駄菓子菓子 うまいものというのは記憶の中にしかありませんのにゃ(ノД`)
 起きたなう 起きたくなかったのに目が覚めてしまったわず 外は凄い風なう 人生本当に面白いことがない もういいですにゃ オヤジはいつまで生きるのでしょうかにゃ 前世でどれだけよくないことをしたのかは知りませんがもういいでしょ神さま じゅうぶん償ったと思いますのにゃ
 松榮亭の洋風かき揚げは漱石のために考案したものらしいですにゃ 漱石は銀座の竹葉亭の他にジョン万次郎と勝海舟が連れ立って来た浅草のやっ古 早稲田のすず金にも行ったそうですにゃ 斎藤茂吉は道玄坂の花菱 東京の文士連中は例外なく竹葉亭に通ってますが大阪にもあり何度か行きましたが今は東京竹葉亭 大阪竹葉亭 西宮竹葉亭とか色々あってややこしいとゆーかわれわれ夫婦は真っ直ぐに高麗橋の本家柴藤に行きますのにゃ 阿川弘之先生は本家柴藤のより東京の鰻のほうが口に合うと書いておられましたにゃ
 わしと同じ情緒派Zの三島由紀夫が最後の晩餐に選んだ末げん 新橋 鳥そぼろ丼? まあ同じZとしてそんなもんかなあと思いますにゃ 最後の晩餐ということになると間違っても吉兆には行きませんにゃ 下世話な食い物に限りますにゃ それで腹一杯になりますのにゃ
 情緒派Zのわしは八寸とか色々盛ってあるのも好きですが本来はひとつのものをそればっかり食いたいのですにゃ 美々卯のうどんすきのうどんを延々と食うのもいいですがやはり銀シャリですにゃ でもってただいまの最後の晩餐の候補のひとつとしてすき家のキング盛りがありますのにゃ これならすぐ買って来ることが出来ますのにゃ あとは定番のラーメンと焼きめしもいいですが店の選択が難しいとゆーか余り食わないので知りませんのにゃ
 甘い物はご法度なのでやせ我慢してますが草餅 よもぎ餅 金沢の氷室饅頭は大好物ですのにゃ 百鬼園先生御用達の岡山の大手饅頭は買いに行きましたがふるさとの思い入れがない人間にはフツーでしたにゃ
 なにゆえに君らは猫を殺すのか猛虎を素手で殺して見せよ 猫持 ねこ新聞より
 内田百關謳カは芥川夏バテ自殺説を唱えその暫くのちに鰻の蒲焼きを27日連続で食ったそうですにゃ 晩年は鰻の折り詰めの到来物があるとめしだけを食い蒲焼きは捨てたと書いてましたが贔屓の店は麹町の秋本 先生の棺の中に秋本が鰻の折を入れに来たくらいの馴染みだったみたいですにゃ そうと聞いたら秋本と並木の藪には行きたくなって来ましたのにゃ 百關謳カの随筆以上の読み物は他にはありませんのにゃ
posted by めいちま at 23:29| Comment(0) | 日記

10月11日 金曜日

 起きたなう 朝の9時にチャイムを鳴らす奴がいたので郵便局か宅急便かと思いポストを確認に行くもなーんもなし 管理人に電話してわしは朝は寝とるんじゃ ちゃんちゃんとしとかんとしまいには事件になるぞと言っておきましたのにゃ ちゃんちゃんとするそうですにゃ どこのどいつや 頗る機嫌悪し
 未曾有の台風が接近していますにゃ わしが子供の頃の伊勢湾台風やふたつの室戸台風は当時は荒ら家が多かったので甚大なる被害をもたらしましたがわしが奈良に追いやられていたときは瞬間最大風速60メートルのが直撃 医院の看板は飛ぶ シャッターは引きちぎられる 電柱はあちこちで倒れるで文無しになりましたが925hPaのまんまで来たら大変なことになりますにゃ 今日中に懐中電灯 水 カンパンを調達しておいたほうがいいですにゃ 海沿い川沿いの人は救命胴衣もお忘れなく
 花乃舎 桑名 池波正太郎はここの饅頭を朝から3個も食ったそうですにゃ 京都とは犬猿の仲の大阪人のわしでもお菓子は京都だと思っていますのにゃ 末富だけでも日本全国勝てるところはまずありませんにゃ
 日本橋蛎殻町の商人の家に生まれ江戸っ子としての矜持(きょうじでもきんじでも正解)を持っていた谷崎潤一郎は関東大震災を契機に上方に引っ越して来るまでは上方の味をボロクソに書いてましたがこっちに来てからは180度変わって東京に行っても辻留とか浜作の京料理しか食わなくなりましたのにゃ 食魔と呼ばれた彼の小説には必ず食い物屋が登場しますにゃ まずは江戸礼賛の頃の店から 店はフェイスブックのみでの紹介ですにゃ
 「食魔 谷崎潤一郎」を書いたおばちゃんよぉ 谷崎のことを書くのならおまえさんもグルメじゃないとダメだよ おまえさんの文章からはおいしい匂いが漂って来ないんだよ 真面目人間は嫌だねえ
 精養軒 谷崎がここで奉公していて主人一家の豪勢な食事を見ながら一段低いところで「お数はひじきと油揚げを一緒くたに煮たものと沢庵のおこうこでございました」と書いてますのにゃ 築地は消失し上野が本店になりますがこのときの体験が谷崎をして健啖家ならしめるのですにゃ 食い物の恨みは恐ろしいですにゃ
 宮内先生から南国土佐の味をいただきましたのにゃ ちゃんと夕方に届きましたのにゃ ありがとうございますにゃー どうかお気遣いなきようお願いしますのにゃ 果物なのでありがたくちょうだいしますのにゃ 梨の巨大なのにビビりましたのにゃ
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 谷崎潤一郎のめし たん熊北店 創業者の栗栖熊三郎と修業したたん栄からこの名になった 定番は鯛の薄造り 鮎の塩焼き 鱧の焼き物に鱧寿司 筍 松茸 かぶら蒸しに丸鍋だったそうですにゃ 画像を探していると東京の出店のものがあり盛り付けで京都かどうかわかりますのにゃ
 これを野菜スープに振りかけたらまあ辛いこと 冷めるとマシになりますのにゃ
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 すし萬のよこほりが日本一うまい押し寿司という信念に揺らぎはありませんがいづうの鯛寿司とすし萬の雀鮨 いづうのちらしとすし萬の本ちらしは食い比べをしてみたいですにゃ 
 いづうは阪急うめだ本店にもありますにゃ 「かーたん 登録商標のすし萬の小鯛の雀鮨と同じ名前のもあるしちらしと一緒に阪急のにーちゃんに電話して持って来てもらってもええれしか」「うるさいよ」(ノД`)
 上方の味は食い尽くした谷崎潤一郎は江戸っ子はうまくもないものを意地と負け惜しみでうまいと言って食っている(具体的な食い物は各自読んで下さいにゃ)と言ってましたが生涯上方弁は使わず江戸っ子であり続けたそうですにゃ わしは先師山本夏彦の工作社の近くの虎ノ門の大坂屋砂場の蕎麦も浅草の弁天山美家古寿司もうまいと思いましたにゃ 並木の藪には息子にも行けと言いましたのにゃ 大阪人の息子がどう言うかですにゃ
posted by めいちま at 14:05| Comment(0) | 日記