2019年05月06日

5月6日 月曜日

 起きたなう 夜中の2時過ぎに目が覚めたものの何とか泡盛だけで寝られたわず 明日はクリニックなので薬を減らさないと 外は青嵐なう
 昨夜波多野先生と放射線科のYという教授の話をしていたら萩爺には受けたみたいですにゃ どーゆーことかとお復習いをするとオヤジが同窓会の会長教授くんの父親が副会長になったことがありましたのにゃ そんとき会報に会長の辞とか称して教授連ならびに父兄の神経を逆撫でするよーなことを書きやがりましたのにゃ 口でも色々言ったはずですにゃ それで当時の学長一派にわしが憎まれましたのにゃ 教授くんの父親は温厚な人なのでわしが落第させられるということを知っていたらしく酒の席で教授くんにおまえ気付けたほうがええでと言われましたのにゃ 何のことかさっぱりわかりませんでしたが留年させられてわかりましたのにゃ 留年させられる前に漢字の1位になって新聞に載ったりしていましたのにゃ これ以上書くと深刻な打撃を蒙る人がいるので書きませんがオヤジの馬鹿がとゆーか学長一派に人を見る目がなかったのですにゃ ひとり京大から来ていた助教授はわしに好意を持っていて同情してくれましたにゃ その後すぐに京大に帰りましたにゃ ドイツ語の教師の構文の間違いを指摘するなんて芸当が誰に出来ますかにゃ でもって先に進級した連中がわしが1発で国試に合格したときもまだ受かってませんでしたのにゃ あのなあ わしはいろは歌やないけど科なくて死すで頭に来て講義になんか出なかったけどちみたち毎日出席してノートとって定期試験に合格してなんで落ちることが出来るのですかにゃ 教授くんはあの頃が青春だったと言いますがわしの青春は中学の3年間ですにゃ あとはすべてローリングストーンズのジャンピングジャックフラッシュですにゃ it's a gas gas gas
 国試対策としてやったのはノート3冊作っただけ チビ太の頃のにゃん吉を膝の上に乗せてあとはそれを繰り返し読んだだけですにゃ そのノートは同棲していた下級生の彼女に渡しましたのにゃ わしがまったく講義に出なかったことを知っていて国試に落ちた同級生の父兄と大学から一体どんな勉強をしたのかとオヤジに毎日電話が掛かって来たそうですにゃ 試験の山を張る名人であったと司馬遼太郎先生が書いている秋山真之海軍中将も大学予備門かどこかで落第していますのにゃ よーするに視点が違いますのにゃ
 忠犬ハチ公で名高い上野教授の頃は東大でも裏口入学がありましたのにゃ 天下の東大ですぞ それ以下の大学でないわけがありませんのにゃ 裏口じゃないけど一時期の京大なんかわしみたく漢字で1位になったというだけで入学を認めていてしまったと思いましたのにゃ 大学が期待しているのは後世に名を残す人材ですにゃ だから京大もそーゆーことをしたのですにゃ 東大に負けるわけにはいきませんのにゃ いろんな意味でわしは東大生が束になって掛かって来てもビクともしませんのにゃ あゝそれなのに大学の薄情なことよ まともに接してくれたのは小学校と中学校だけでしたにゃ 高校はこっちから中退しているので罪はありませんのにゃ
 テレビで見てましたが京大阪なら300年400年経たないと老舗とは言いませんが東京ではたったの100年で老舗みたいですにゃ 馬鹿にするなと言いたいですにゃ
posted by めいちま at 15:08| Comment(0) | 日記