2018年12月30日

12月30日 日曜日

 起きたなう 近江のKくんは昨夜太政のてっちりを食いカタログギフトの到来があったときに頼むてっちりとは比べものにならないくらいにうまい出色のふぐだ〆の雑炊がたまらないと言ってましたにゃ 桂枝雀も通ってましたにゃ
 まだ目医者の開業医だったころ社保の審査員が無茶苦茶な減点をするのに頭に来て同じ釜の飯を食っているのにどんな奴だろうと異議を申し立て顔を見に行ったらフツーのおっさんで減点したいのなら勝手にしろと馬鹿らしくなって何も言わずに帰って来ましたにゃ 爾来なぜか減点されなくなりましたにゃ 目にゴミが入っていてもよその眼科ではまず視力 わしはゴミを先に取って視力なんか測りませんでしたのにゃ だからカルテ1枚あたりの平均点が異常に低かったのも減点されなくなった理由でしょうにゃ
 ふぐを禁止したのはたしか朝鮮出兵の折博多湾などで馬鹿ほど取れるふぐを各大名家の兵士が知らずに食って死ぬ者が跡を絶たなかったのを知った秀吉でしたにゃ だから伊藤博文が日清講和条約が締結された下関の春帆楼の女将の説得に負けてわが国で第一号となる認可をしたのは画期的な出来事だったが調理法が確立されるまでに多くの犠牲者が出ましたにゃ 秋田の友人なんか真剣に恐れていてビクビクしながら食っていて悪いことをしましたにゃ 
 お聖さんちに遊びに行ったときお聖さんもこんなん初めてやわあと言っておられたよーにお聖さんちのワンちゃんが初対面のおばはんの膝の上から離れませんでしたのにゃ めいちまも油断していましたのにゃ 今度猫を飼ったらおまえには触らせへんと言うと「そんなんしたらちんちんなくなるど」と言われましたのにゃ( ̄0 ̄)
 今はレセコンでCDにデータを保存して社保や国保に送るだけになりましたが一昔前はいちいち印刷するのに半日かかりましたにゃ わしが開業した当時は手書きで月末は仕事が終わってから夜中まで書いても数日かかりましたにゃ イジメだと思いましたにゃ
 知性派Aは男女共にめちゃんこ向こう意気が強く気も強いですにゃ 教授くんも相手が何人いても向かっていき逆にボコボコにされたことが何遍もありますにゃ おかんも一歩も引きませんでしたにゃ 西村眞悟もそうですにゃ 家来が気に入らんことをしたら切り捨て島津義弘をとことん追い詰め島津独特の捨てがまりという必死の退却戦で鉄砲で肩を射貫かれて落馬した井伊直政もそう 一方敵の最も強そうなのはどこかと聞きそこに向かって突撃し関ヶ原から退却した島津義弘は行動派T 情緒派Zは起草したのは高名な陽明学者ながら耐え難きを耐え忍び難きを忍びと読み上げた昭和天皇(こう書くだけで涙が出ますにゃ) ついには切れた明智光秀や浅野内匠頭 徳川家康も幼少の頃から人質になり独立しても家臣が一向宗にハマりやむなく厭離穢土欣求浄土の旗を立て信長に妻子を殺すように命じられ秀吉に従い漸く天下を取ったと思ったら鯛のてんぷらを食い過ぎて亡くなりましたにゃ 軍人には行動派 外交官や官僚として相手と渡り合うのなら知性派 情緒派は行動派Qの東郷平八郎の参謀としてバルチック艦隊を撃滅した秋山真之みたく参謀が適任ですにゃ
 鳴きたい牌を我慢して見逃したらその牌を自摸ることが多いのが天鳳のプログラムの特徴みたいですにゃ
 「猫とみれんと」が出たとき駅前の大正書房のおっちゃんが同じ大正区民の書いた本やからということでずーっと置いていてくれてましたにゃ(ノД`)
 西式甲田療法の甲田先生は大阪の八尾で開業されてたけど亡くなられましたにゃ 勝手に甲田式とか名乗るなと奥さんが書いておられますにゃ イラスト付きの本はイラストと文章担当のねーちゃんだかおばちゃんがユーモアたっぷりの人で笑いながら読めますにゃ 断食の本ですにゃ そりゃま食わんかったら悪いものも体に入ることもないし糖尿病患者なら血糖も上がりませんにゃ 甲田先生の処方箋はこれとこれを食いなさいというものだったらしいですにゃ がんも断食したら大きくなりようがないですがどっちが先にくたばるのかはやってみないとわかりませんにゃ まだ途中までしか読んでいないので間違っていたら謝りますにゃ
 本をプレゼントしたいと思うけど肝心の「猫とみれんと」は文春が電子書籍として販売し続けてくれているのでわしが電子書籍にすることが出来ずアマゾンもオンデマンドに出来ませんのにゃ さすがに古本は失礼ですにゃ 「ろくでなし」は1冊しかないけどあとはありますのにゃ でもわしが死んだら値打ちが出るだろうとおばはんのために保存してあるので門外不出ですのにゃ
posted by めいちま at 14:33| Comment(0) | 日記